大学で哲学を専攻し、演劇に没頭しました。22歳で急性膵炎を発症し、膵臓の半分と胆嚢を切除する8時間の手術を受けました。医者に言われました。「20年後には糖尿病になるだろう」と。その予言は、正確に的中しました。
保険代理店に5年勤め、2002年に独立。屋号「オフィス・スマート・ペッパー」——朝鮮の諺「コチュヌン・チャガド・メップタ(唐辛子は小さくても辛い)」から生まれた名前です。在日コリアン3世として、微力でも光るものがあれば必ず勝てるという思いを込めました。
それから20年以上、私は止まりませんでした。
デザイン事業、飲食店経営、ダンスインストラクター、焼肉店店長、ネットワークビジネス、コンサルタント、たこ焼きキッチンカー、配送業、占い師——。リーマンショックで借金が膨らみ、個人再生を経て、離婚し、深夜の倉庫で体を動かし続けました。大切にしていたギターを売り、義父にもらった指輪を売りました。
それでも止まらなかったのは、「自分のビジネスで返す」と決めたからです。逃げ道を、自分で塞ぎました。
2016年から2018年の3年間で、父・叔母・母を失いました。2019年、糖尿病が急激に悪化し、四肢の激しい痺れと痛みが始まりました。今もその痛みは消えていません。
それでも、現場に立ち続けています。アパホテル、銀だこ、マクドナルド、セブンイレブン——それぞれのフランチャイズや業態の仕組みを体で知るために、実際に働いてきました。今も週に一度は現場で働き、スタッフやお客さんとのコミュニケーションを大切にしています。「自分の話として伝えるためには、まず自分が体験しなければいけない」これが私のモットーです。




